ひと目惚れ、とは違ったと思う。
美桜のことは知っていたのだから。
クラスこそ違ったが、美桜は入学当初からよく目立っていた。一クラス一団体はいる賑やかなグループのひとり。
真っ白な肌。女子の中では高めの身長。ちょっと不健康なくらい細い体。風になびいてさらさらと揺れる、肩くらいの長さの黒髪。いつも友達に囲まれて楽しそうに笑っている、ちょっと気が強そうな女子。
ただそれだけだった。まるで興味がなかった。美桜に対してだけではなく、なにかに興味を引かれたことがただの一度もなかった。
「──ってえ!」
春が終わろうとしていたある日、昼休みに廊下を歩いていたら男子と肩がぶつかってしまった。
大げさなくらい大声を上げて振り向いた彼は、俺を見て顔をしかめた。
「なんだよつまようじかよ。ちゃんと前見て歩けっつーの」
俺は「つまようじ」という名前ではないが、気づけばこう呼ばれるようになっていた。もやしほど色白でもごぼうほど色黒でもなく、つまようじが一番肌色に近いからという理由らしい。ネーミングセンスを疑う。
こんな扱いはざらだった。謝られた記憶はあまりない。前を見ずに蛇行歩行していたのは向こうだったが、彼等にとってそんなことは関係ない。いつだって悪いのは存在感がない俺なのだ。
外見からして典型的ないじめられっこだと自負しているが、意外にもいじめといういじめを受けたことはなかった。小学生の頃にからかわれたことくらいはあるが、反応が薄すぎて張り合いがなかったのかもしれない。
いつしか『陰キャ』という称号を与えられるようになった。誰にも見えない、陰に潜んだキャラクター。
そうして俺は、いじめる対象にすら値しない透明人間になっていた。
だから注意を凝らして人とぶつからないよう極力端っこを歩き、ぶつかりそうになったらたとえどれだけ無理のある体勢になろうと全力でよける癖がついた。
が、俺はそもそも鈍くさい方なので、たまによけきれないときもある。
「──ってえ!」
大げさなくらい大声を上げて振り向いた彼は、俺を見て顔をしかめた。
デジャブである。というより、どこで誰とぶつかろうがだいたいこの反応をされる。
ぺこりと頭を下げて去ろうとすると、
「おい! 謝れよ!」
肩を掴まれた。たまにこうして無駄に絡んでくる奴もいる。古き良き時代のヤ○ザみたいだ。