開拓中の住宅街を抜け、いつの間にか桜並木となった細長い石段を駆け上がった。
夕方とはいえ、走り続けていたせいで全身汗だくだった。肩で息をしながら手の甲で額の汗を拭う。
そこはもぬけの殻だった。
満開の桜で鮮やかに彩られているのに、素直に美しいと感動できる風光であるはずなのに、蓮がそこにいないだけで、ひどく物寂しく感じた。
「蓮……?」
音がしない。なにも聞こえない。
いつもそばにあったはずの、蓮の声が、ない。
「蓮……」
どうしていないの。
いつもそばにいてくれたのに。俺がいるからって、味方だって言ってくれたのに。
どうして勝手にいなくなるの。
「おいこら蓮‼ 出てこい‼」
「──はい、はい。います、ここに」
振り向くと、蓮が両手をポケットに入れて立っていた。マフラーは巻いたまま。
出てこいと叫んだのは自分なのに、あまりにもあっさり登場するから拍子抜けした。
ぽかんとしている私を見て、蓮の口角がふっと上がった。
「なんかちょっとすっきりした顔してる」
どことなく嬉しそうな、安堵したような表情だった。
「すっきり、したのかな。うん、ちょっとだけ、してるのかも。だけどまだ咲葵とちゃんと話せたってだけで、状況はそんなに変わってないんだよ。蘭音と茜と喧嘩して、ハブかれるどころか『うちらに啖呵切ったりしてどうなるかわかってんの?』って脅されたし」
「あいつららしいね」
「お母さんとだって冷戦状態だし。ちゃんと話さなきゃとは思ってるけど、話したところでよくなるのか全然わかんないし。ていうか、お母さんに関しては全然自信ない」
咲葵のところへ向かったのは、ほとんど勢いだった。その勢いのままお母さんとも話せたらよかったのだけれど、家に帰る頃にはすっかり沈静してしまっていたのだ。
なにより怖かった。どう言えばいいのかわからなかった。
親子だからこそ、誰よりも近い存在だからこそ難しいことがあるのかもしれない。
「だけど今日ね、お母さんに『いってきます』って言ったの。絶対に返ってこないと思ってたのに、『いってらっしゃい』って言ってくれた。……たったそれだけなんだけど、笑っちゃうくらい些細なことなんだけど……私、嬉しかった。すごくすごく、嬉しかった。このままでいたくないって思った。だって私、……お母さんのこと、大好きだから」
思い出したことがある。