走っていた。ただひたすらに走っていた。

 廊下を駆け、階段をおり、昇降口を出て正門を抜ける。

 まるで誰かが道標を作ってくれているみたいに、私の足は止まることなくその場所に向かって動いていた。

 ──いつからだった?

 違和感はあった。いくつもあった。ありすぎるくらい違和感だらけだった。

〝蓮だから〟で納得してしまうことばかりだった。だけど〝蓮だから〟だけじゃ合点がいかないこともあった。

 ──レンって?

 蓮を名前で呼ぶ人はいない。だから咲葵も蓮の下の名前を知らないだけだと思った。

 だけど、咲葵がクラスメイトの名前を覚えていないことなんてあるだろうか。しかも、花の名前には特に敏感な咲葵が。

 ──自殺する人が弱いなんて思わない。

 あのとき、蘭音も茜も、その場にいた全員がまるで反応しなかった。

 いくら標的から外れていたからといって、あれだけ目の敵にしていた相手に反論されて、あのふたりが黙っているだろうか。それ以前に、十数人もいてひとりも反応しないなんてことがあるだろうか。

 あれはいつだっただろう。

 蓮が通行人の男の人とぶつかりかけて派手に転んだ日。男の人はまるで気づいていなさそうに、見向きすらせずにさっさと歩いていってしまった。

 いくらぶつかりはしなかったとはいえ、相手が転ぶほどすれすれの距離だったならさすがに気づくはずじゃないだろうか。

 蘭音と茜が突然標的を咲葵に変えたのだって、やっぱりおかしかった。みんなで遊んでいるときに咲葵がさっさと帰ってしまうことなんて珍しくもないのに。

 ──もしも。

 標的が咲葵になったから蓮が外されたのではなく、その逆だったとしたら。

 すれ違った男の人が、本当に蓮に気づいていなかったのだとしたら。

 あの場にいた全員に、本当に蓮の声が聞こえていなかったのだとしたら。

 咲葵が本当に、『時生蓮』という存在がわからなかったのだとしたら。