「咲葵、なにしてんの」
教室に入ってきた永倉くんが、ペンキまみれになっている咲葵を見て首をひねった。
「凌こそどこ行ってたの? 急にいなくなったからさぼって帰っちゃったのかと思ってた」
「担任に呼ばれてたんだよ。話長くて大変だった。それよりなんで小道具班のリーダーがこっちにいるんだよ」
「だって小道具は余裕で終わるでしょ」
「咲葵がいないとみんな真面目にやらなくて進まないんだよ」
確かに。
みんな終わりが見えてきて気が緩んでいるのか、廊下からは和気あいあいとした会話と笑い声が聞こえる。
「咲葵、行っていいよ。手伝ってくれてありがとう」
「美桜も来いよ。美桜だってもともと大道具班じゃないだろ」
「そうだけど、だって大道具進める人いなくなっちゃう──」
「廊下に出ろ!」
なんの前触れもなしに突然誰かの叫びが教室に響き渡った。
手を止めてドアを見ると、そこには蓮が立っていた。
「蓮?」
壁に手をついて、ぜえぜえと荒い呼吸をしている。
汗で濡れた前髪は額に張りつき、こめかみからは無数の汗が滴っている。
なのに、蓮は今日も手袋とマフラーをしていた。
「早く! 全員廊下に出ろ!」
蓮が叫ぶ。私に、咲葵に、永倉くんに、そして蘭音や茜たちに、必死に叫び続ける。
なにがなんだか全くわからないけれど、蓮のこんな姿は見たことがない。とにかくただ事じゃないのだと、これから重大なことが起きるのだということだけはわかった。
「お願いだから聞いてくれよ‼」
誰も動く気配がないことに疑問を感じて教室を見渡した。
こんなに叫んでいるのに、誰ひとりとして反応していなかった。無視だとかそんなレベルじゃない。
どうして? どうして誰も聞いてないの?
まるで──誰も蓮の姿が見えていないみたいだ。
「廊下に出て!」
「え? 美桜? どうしたの?」
「いいから出て! お願い!」
蓮の声に一切反応を示さなかった全員が手を止めて私を見た。
「みんな早く出ろ!」
私の懇願が届いたのか、永倉くんが声を上げた。
永倉くんが当惑している咲葵の手を引き、私が訝る蘭音や茜の背中を押していく。
全員が廊下に出た刹那、まるで下から隕石でもぶつかったみたいな激しい衝撃が突き上げた。
全員が咄嗟に身を伏せ、悲鳴を上げた。二秒ほどの余韻ののち、大きな振動になっていく。
教室からは騒音が響いていた。