学校祭の準備もラストスパートとなり、放課後になってもクラスメイトのほとんどが教室に残っていた。

 もともとまとまりのないクラスだったけれど、今や完全に分断していた。

 床に座り込んでペーパーフラワーを作っている蘭音と茜を中心としたグループ。廊下で小道具を作っている咲葵と永倉くんを中心としたグループ。そして、どちらにも属していない子たちが私を含め数人。

 今期は残り十ヶ月もあるのに、果たしてこのクラスは無事に過ごしていけるのだろうか。

 今日もサナギになっている私に「美桜、どう?」と声をかけてくれたのは咲葵だった。

「順調! って言いたいけど、全然無理。終わる気がしない」

「だと思った。どう考えても人員配置おかしいでしょ。てか大道具ってもともと男子が担当するって話じゃなかった? 楽しそうでなによりだけど、ペーパーフラワーってそんなに人いる?」

 咲葵が教室にいる男子たちを睨みつけると、彼等は目を泳がせてあさっての方向を見た。

 咲葵はあれから本性を──と言ったら聞こえが悪いけど──垣間見せるようになった。おっとりしているところは基本的には変わりないのだけど、たまにこうしてズバッと一喝したりする(言い過ぎではと心配になるときもある)。

 突然の変貌に最初こそみんな戸惑っていたものの、それはほんの束の間のことで、みんなあっさりと受け入れた。そして咲葵の人気はさらに上昇し、人望は確固たるものとなった。

 メンツを守るために本音を隠していたのに、さらけ出したらより好感度が上がるなんて、さすが咲葵だ。

「小道具班増えすぎだし、たぶん余裕で間に合うと思うから、わたしこっち手伝うよ。誕生日プレゼントってことで」

 小道具班が増えたのは、教室にいたくない子たちがみんな咲葵のもとに行ったからだ。

 分断したことで空気がピリピリしていることは事実だけれど、救われた子もたくさんいるのだと思う。

 ずっとずっと、うまく息ができなかった。苦しかった。

 だけどそれは私だけじゃなかった。

 むしろ、そうさせていたのは私でもあった。

「てか美桜、髪切った? なんか懐かしい。短い方が似合うよ」

「ちょっと今さらだけど、ありがと。咲葵もおだんご可愛いね」

「昨日の雨のせいで髪ぼっさぼさなんだもん。ほんと湿気嫌い。癖毛の天敵だよ」

「ふわふわしてて可愛いよ?」

「嫌味だよそれ。わたしは美桜のさらさらストレートが羨ましい」

 咲葵が話しかけてくれたときは普通に接するようにしている。変に遠慮したりすると怒られると思うから。

 やっぱり咲葵は、優しくて強い。ずっと私の憧れ。

 小六の嫌がらせ、そして中三のいじめときて、私の自己肯定感はどん底まで落ち、いつからか自分のことを欠陥人間なのだと思うようになっていた。

 だからこそ、咲葵みたいに完璧な人間になりたかった。強烈に憧れて、強烈に嫉妬していた。

 私と咲葵は違う。その事実を痛感する度に悔しかった。寂しかった。

 だけど比べる必要なんてあったのだろうか。

 咲葵は咲葵で、私は私。当たり前の事実に改めて気づく。

 そもそも完璧な人間なんているのだろうか。

 咲葵だって悩んでいた。迷っていた。葛藤を抱えて苦しんでいた。

 私も咲葵も、きっと蓮も永倉くんも、蘭音も茜も、そしてリサも──もしかしたらお母さんやお父さんや先生だって、みんな同じように未完成なのかもしれない。

 これからは誰かの真似ではなく、押し付けられた〝キャラ〟を遂行するのでもなく、私なりに〝自分〟を探して、見つけて、確立していきたい。

 誰かよりも劣っていると悲観するのではなく、自分にないものを持っている誰かを妬むのではなく。

 私にしかないものが、私にしかできないことが、なにかひとつでも、どんなに小さなことだとしても、きっとあるはずだと信じたい。

 そしていつか、自分のことを好きだと思えるようになりたい。