*
〈五月六日(金)日直 桐谷・久保/欠席 なし〉
校庭の桜の木は満開になっていた。
連休が終わっても、蓮は学校に来なかった。
私は相も変わらず一日の大半をひとりで過ごしていた。咲葵がたまに話しかけてくれるくらいで、行動を共にはしなかった。
咲葵には今、仲良くしているグループがある。私はそのグループの子たちとはほとんど話したことがない。たぶん彼女たちにもよく思われていない。
当たり前だ。なぜなら、今までずっと敬遠して──いや、見下していたのだから。
無自覚なんかじゃなかった。私は確かに思っていた。教室の隅で所在なげにしている姿を〝可哀想〟だと。そして、もう二度と〝あっち側〟には戻りたくないと。
咲葵と仲直りしたからといって、そこに私が入り込むのはいくらなんでも調子がよすぎる。自分への戒めと言ったらなんだか武士みたいだけど、しばらくはひとりで過ごしてみようと思った。
ぼっちも三度目となれば、もはやプロである。おかげで初めて気づいたこともある。
ずっとずっと、教室の中心から見る眺めが一番の絶景だと思っていた。だけど久しぶりに隅っこに移動してみると、疎外感は否めないものの、今まで見えなかったものが見えてくる。
例えば、いつもノートに絵を描いている『隠キャ』の小林さん。
ただ休み時間にすることがないから描いているだけだと思っていたのに、ノートにペンを走らせている彼女の顔は、描くのが楽しくてしょうがないといった感じで明々としていた。あと通りすがりにさりげなく覗いてみたら、もしかしてすでにプロなのではと思うくらいめちゃくちゃ上手だった。
例えば、いつも小難しい顔で読書をしている『ぼっち』の浜本くん。
きっと社会派ミステリとか難しそうな本を読んでいるに違いないと思っていたけれど、通りすがりにさりげなく表紙を覗き込んでみたら、私も持っている異世界転生もののファンタジーだった。親近感が湧いたし、ギャップがちょっと可愛かった。
どんな内容だったろう。はっきりとは覚えていないものの、面白かった記憶がある。再読してみてやっぱり面白いと思ったら、その本を手に話しかけてみようか。
改めて気づかされる。自分がどれだけ愚かな考えを持っていたのか。
グループから外されることが確定したとき、私の高校生活はもう終わりだと思った。残り一年なのか二年なのかはわからないけれど、息を殺して過ごさなきゃいけないのだと思った。
だけど、それじゃまるでカースト下位と呼ばれている子たちには高校生活を楽しむ権利がないみたいだ。
そんなはずないのに。
小林さんと浜本くんだけじゃない。私がずっと見下していた子たちは、みんなちゃんと自分の世界を持ってきらきらと輝いていた。
なぜ今まで気づかなかったのか。
それは、こうして顔を上げたことが一度もなかったからに違いなかった。端っこから見る景色はくすんでいると決めつけていた。自分の価値観だけを信じて視野を狭めていた。広げようとすら思ったことがなかった。
状況はなにも改善されてない。むしろ悪化していると言っていい。女王様に啖呵を切った挙句「どうなるかわかってんの?」と脅されたのだから。
虚勢を張ってしまったけれど、やっぱり怖い。すごく、ものすごく、怖い。素直にそう思う。
だけど、少しずつ、何かが変わってくれたら──変えていけたらいいな、と思う。
そのためには、まず私自身が変わらなければいけないのだとも。