日直を引き受けて(押し付けられて)ひとつだけメリットを挙げるならば、「休み時間は日誌を書かなければいけない」という、輪から抜けて精神を回復させるための正当な言い訳が生まれること。

 みんなはこれが一番嫌で日直を敬遠するのだろうけれど、私にとっては一番ありがたいこと。美桜ってほんと真面目だよね、と押し付けた張本人からの薄ら笑いさえ気にしなければいい。
 ただし、放課後の掃除が全部終わるまで待たなければいけないのは完全なるデメリットだけれど。

「ごめん。遅くなった」

 誰とも待ち合わせなんてしていないのに、ふいにそんな声が聞こえた。
 すたすたと教室に入ってきた彼は、こちらを向く体勢で私の前の席に座った。

「時生? まだいたの?」

 帰りのSHRが終わってすぐ、時生はさっさと教室から出ていった。だからもうとっくに帰ったと思っていたのに。

「俺も日直だし」
「そうだけど……」

 思わず放心する。
 今の今まで日直の仕事を全部私がこなしていたのは、時生がさぼっていたわけではない。朝のSHR後に「私が全部やるよ」と言っておいたからだ。
 時生も時生でもはや呼吸のついでみたいに「ああ」とだけ言って、そのあと話しかけてくることはなかった。だからもう自分が日直であることすら忘れているだろうと思っていたのに。

「あ、あの……ありがとう」
「うん」

 時生は日誌に目線を落とした。
 ふたりの間に沈黙が流れた。

 時刻は十六時を過ぎたところで、部活動が始まっている。窓の外からは野球部やサッカー部の声が聞こえる。だから決して静まり返っているわけではないはずなのに、気まずさのせいで耳が痛くなるほどの静寂にさえ感じてしまう。

 日直の仕事を忘れずにいたのは褒めたいけれど、特になにをするわけでも言うわけでもなく、ただじっと見るのはやめてほしい。
 ていうか、なにもしないなら帰ってよ。

「あ、あのさ。残りも私書いとくから帰っていいよ。もうすぐ終わるし」
「待つよ。提出は俺がしとく」

 そうじゃなくて。気まずいんだってば。
 それに提出だけするなんて、下手したらいいとこどりだよ。時生はそんなつもりないだろうけど、蘭音や茜なら絶対にそう言って怒る。
 ──って私、どうしてふたりがいないときまでこんなこと考えてるんだろ。

「あ……そうだ、じゃあ日直のところに時生も名前書いて。名前は本人じゃなきゃだめなんだった」
「わかった」