そのとき、ドアチャイムが鳴った。
お客さん? 足は反射的に動いて、出迎えてしまった。
長年の癖だろうか。夜々さんの教え通り、勿論チェーンロックはかけたままだ。
「あ、咲桜帰ってたのか」
「! りゅっ」
うやくん……と、語尾は力なく霞む。
「入ってもいいか?」
「あ、うん……」
断る真っ当な理由がないので、一度閉めてからチェーンを外す。
ありがとう、と言って流夜くんは入って来た。ドアが閉まった直後、当然のように抱きしめられた。
「あー。生き返るー」
温泉にでもつかったみたいな台詞だ。小さく身じろぎする。
「さっき電話したんだけど……帰ってきたばかりだったか?」
流夜くんが首を廻らす。
陽も落ちかけているのに、リビングに明かりもついていない。
本当に今帰って来たばかりのような感じ、だと察したんだろう。
「どうした? 何か考えごとでも?」
私の様子がおかしいことなんか、流夜くんには探るまでもなくわかってしまうようだ。
「なんも……ないよ」
何もなくてこんな声の揺れ方をするわけがないことなんかも、お見通しだろう。頬に片手をかけて上向かされた。
「咲桜。俺は、なんだ?」
「え? 流夜くんは、……流夜くん?」
意味がわからずそう答えると、流夜くんは大きく肯く。
「そうだよ。お前の男だ。言いたいことがあるなら全部言っていい。誰に対するものでも、俺に対するものでもいいから。抱え込まれる方が、俺は嫌だ」
宣言されると、両瞳からぶわっと涙がこぼれた。
流夜くんの言葉が、限界を壊した。
さすがにそれは予想外だったのか、流夜くんはぎょっと目を見開く。
「咲桜? ああもう」
声がないほど喉をひくつかせてしまっている私を、流夜くんは抱き込んだ。
「大丈夫だから。咲桜にも俺にも悪いことなんて起きてない。誰にばれそうだとか、そういうことは全然ないから――俺が言ってるの見当違いかな。喋れたら、ゆっくり話してくれないか?」
ぽんぽんと背中を叩かれて、ぎゅっと服を握りこんで抱き付いた。
「あの、人……だれ?」