吹雪さんの昼食の注文を受けて、材料を取るために龍生さんは一度奥へ入った。
「ひかるさんて、もしかしてな龍生さんのお祖父さんですか?」
笑満が首を傾げて問う。
「まさか違うよ。あの傲岸不遜なじいさんがそんな可愛い名前してなかったよ。三宮光子(さんのみや ひかるこ)――龍さんの婚約者だった人」
婚約者。
「あ……」
在義父さんの相棒として、生まれた時から私の記憶にいる龍生さん。思い出す名前と面差しがあった。
……写真でだけ、だけど。
「婚約者さん、いたんですか?」
笑満が訊くと、吹雪さんは「うん」と肯いた。
「結婚前に事故死されたんだ。お腹の子も一緒に」
「―――」
笑満が軽く息を呑んだ。……私は、亡くなられたことだけは知っていた。
「生まれてたら……遙音と同い年だったかな。だから龍さん、僕らとは違う意味で遙音が気になっちゃうんだろうね」
家族を亡くした遙音先輩を。
「それ以来……龍生さん、恋人とかいないんでしょうか」
笑満は哀し気に問う。
「ないだろうね。僕ら、ずっと知ってるけどそういうのはナシ。……光子さんがどれほど大きい存在だったかだよね」
恋人を、亡くして。
……龍生さんも、うしなった人なんだ……。
「あ、咲桜ちゃんと笑満ちゃんが気にして落ちることないからね? 龍さん、未練がないわけじゃないけど吹っ切れてはいるから」
「あ、はい……」
私は小さく肯く。
高校生の頃の写真。在義父さんと龍生さんは同じ高校の出身だ。
龍生さんは実家のある天龍を出て、華取の家に下宿して通っていたそうだ。
在義父さんの隣に女の子がいる写真は一枚もなかったけど、龍生さんの隣にはつらつとした笑顔の可愛い女子がいたのを見た覚えがある。
「ひかる」という呼び名の。
「で? ケーキ作ってあげるんだっけ?」