「……降渡」
龍さんの低い呼びかけに、顔をあげる。
龍さんと在義さんが、同じ表情をしていた。
俺は二度瞬いた。不思議な顔だった。まるで色が抜け落ちたような。
「一応だけどな、これだけは言っておく」
「……愛した人を、間違えるな」
在義さんの言葉に、今度は三度瞬いた。――愛した人を。
「――はい」
間違えない。真っ直ぐの愛情も、ひねた道の愛情も。
……俺の愛情(あい)という感情と意志は、全部全部、絆のもの。
……これはまるっきり人生じゃないから、全部絆のものでも、いいだろう?
「君が一番に結婚かあ。降渡くんの家族代表は龍生でいいの? その筋の人って誤解されない?」
「黙れツラだけ真人間。中身極悪のおめーよりマシだ」
「………」
面だけ真人間て。……中身極悪……なのは承知しているけど。咲桜ちゃんには言えないよなあ……。
在義さんはため息をついた。
「非道いなあ、龍生。光子のご家族への挨拶にも付き合った幼馴染に言うかな」
「おめーが勝手についてきたんだろ! ひかるが怯えて大変だっただろが!」
「………」
あははーと笑う在義さんに、龍さんが声を荒らげた。
店内の客、全員の肩が跳ねた。百戦錬磨の先輩たちが! 俺、戦慄。
龍さんの恋人で婚約者だった三宮光子さんが、在義さんに怯えて――畏怖していたのはふわっと聞いた話だ。
……自分たちは物心ついた頃から環境が普通ではなかった。
それゆえか、普通の感覚に鈍い。
当たり前じゃないことを簡単に受け入れてしまう。
在義さんの娘たる咲桜ちゃんは、その感性が飛び抜けて鈍く感じる。
じゃないとりゅうみたいな存在、簡単には抱きしめられないだろう。
光子さんは普通だったんだろう。
運動神経がよく、若干行動力が並外れていたようだけど、一般の家庭に生まれて、特筆するような事故も病気もなく育ち、龍さんに出逢い。
――絆のように、普通の子だった。
……光子さんは在義さんを「怖い」と言ったそうだ。
……絆は「在義様」とか言うけどさ。異様に慕っているので、少しだけもやっとするけどさ。
それが、龍さんをすきになるに止まった光子さんと違い、俺をすきになってくれて法律家となることを志した絆だからこそ、とわかっていても。