流夜兄さんの他人への冷酷さを知る身としては、あれほど溺愛出来る、優しくしたい甘やかしたい人とのことだから。
でれでれしまくっていた。
庵へは、その一つ手前に神社を通る必要がある。
階段を駆け上がると、大すきな春の香りを感じた。
「――主咲くん!」
神社の前にたたずんでいるのは、紺色の着流しに薄水色の羽織の男の子だった。
前髪の一房だけ、毛先に銀髪の混じった黒髪。鋭い黒曜(こくよう)の瞳。腕を組んでいるその姿、放つ雰囲気は威圧的。
・・
「さく」
「ごめん! 遅くなって! いいの? 庵離れてて――」
主咲くんは腕を解き、駆け寄ってきた私の髪に触れた。
「流夜さんから連絡あった。さくのこと、呼んだって」
「あ――。うん」
連絡済みだったようだ。主咲くんは変わらず無表情で私の髪を撫でる。
――主咲くんは、唯一私のことを「さく」と呼ぶ。
「――で。この怪我はどうした?」
「え?」
手が滑り落ち、人差し指を頬の真ん中に置いた。
「中、切っているだろう」
その指摘に、私は目線を逸らせた。事実、口の中には新しい傷があった。
「うえ……えーと、その……ちょーっと、格闘しちゃったかなー? って……」
「また現場か」
「……はい」
「犯人相手にして歯を食いしばり過ぎて切ったか」
「……ごめんなさい。もうしません……」
しゅんとすると、今度は両手で頬を包んだ。ぶに、とつねられる。