【4】


(頭が、いてぇ)


 ぐらぐら。ぐらぐら。

 世界が大きく、小さく揺れている。
 それは寝不足による目の錯覚。一睡もしていないせいだろう。
 平衡感覚が掴めない。体が限界だと悲鳴を上げているのかもしれない。
 だけど、俺の精神は一切の眠気を拒んでいた。眠れるわけがなかった。那智がいつ、目を覚めるかも分からないのに。

 1205号室。下川 那智さま。

 表記された個室の病室にやっとの思いで辿り着いた俺は引き戸をのろのろと開ける。
 その向こうで俺を待っていたのは、真っ白なベッドで眠りに就く弟の姿だった。血の気のない顔に、消えそうな呼吸。細い腕に点滴が刺さっている姿は、なんとも痛々しい。

「まだ、目は覚ましてない……か」

 ベッド側のスツールに座り、那智の頭を撫でる。
 警察に呼ばれ、小一時間ほど病室を離れていた。
 その間に、もしかすると目を覚ましているんじゃないかと淡い期待を抱いていた俺は、小さく落胆をしてしまう。
 はやくお前の声が聞きたいよ。もう三日も那智の声を聞いていない。

(……それだけ出血が、傷が、酷かったってことだよな)

 担当医曰く、あの時もしも優一が止血の応急処置をしていなかったら、弟の命は危ぶまれていたそうだ。あれがあったから那智の手術は成功し、命に別条がないと診断された。
 失血死の可能性があったという、その現実が俺を絶望に突き落とす。自己嫌悪が止まらない。ストーカーのことを甘く見ていた。

 毎日のように大量の写真を送りつけていた、変態野郎が、いつまでも写真を送るだけと、どうして思い込んでいたんだろう。

 相手は那智に執着したストーカー。
 性的なカードを送りつけていた野郎が、那智に何もせず、写真を送るだけなんてあり得なかったんだ。あり得なかったのに。

 俺はほんのりと冷たい弟の右手を取り、しっかりと両手で握り締める。

「ごめん、那智。本当にごめん。ごめんな。痛い思いをさせちまって」

 お前が痛みをなによりも恐れている、泣き虫毛虫くんだって知っていたのに。

 あの時、どうしてあの時、もっと真剣にストーカー被害について向き合わなかったのか。