【5】
平日の喫茶店。
時刻は昼下がり、所謂おやつ時と呼ばれる時間に、俺は三杯目のブラック珈琲を啜っていた。
平日ということで人はまばら。
店内には名も知れないレトロな曲が流れて、客人を落ち着かせるための雰囲気づくりが施されている。その曲を聴いても、ちっとも腹の虫がおさまらない俺は、ブラック珈琲を飲んで気を紛らわせていた。
「あんた早くない? 約束の時間まで、まだ20分もあるんだけど」
そんな俺の下にナナシ女のこと、福島朱美がやって来る。
不機嫌に相手を一瞥するも、相手は悪びれた様子もなく向かい側の椅子に座って、店員に紅茶の注文をしていた。
紅茶が運ばれるまでお互いに終始無言を貫いていたが、福島がカップを持ってそれを啜ったことで当たり障りのない会話を切り出された。
軽く舌打ちを鳴らせば、「ずいぶんなご機嫌ね」と皮肉ってきた。
「そりゃどーも。ご機嫌にもなりたくなる。どいつもこいつも、俺の連絡先を知った風な口を利きやがる。お前に関しては人の許可なく連絡を寄こす始末」
「あんたに『連絡してもいい?』なんて聞いても、ダメの一言で足蹴にされるだけでしょう? こう見えて、無駄なことをしない主義なのよ」
「高村の件でストーカーみてぇに追い回してきた奴はどこのどいつだ」
「あれは無駄じゃないと思ったから行動を起こしただけ。非はあると認めたし、ちゃんと謝ったでしょう?」
「俺は許すなんざ一言も言ってねえが?」
「あたしの中では終わっているから良いの。小さい男ね」
「……てめぇ。いい性格してんな?」
「それはどーも。いい性格してるのはあんたも一緒でしょ?」
「クソ女め」
「性悪男」
嫌味には嫌味を、皮肉には皮肉を、悪態に悪態を、存分に投げ合い、俺達は手元の飲み物で喉を潤す。
くそ、まじでこの女の相手は疲れる。
出だしの会話だけで三時間くれぇ話した気分だ。帰りてぇ。
ま、嘆いても簡単に帰るわけにもいかねえ。福島には聞きたいことが山ほどある。たとえば。
「那智くんは元気なの?」
たとえば、那智に特別な感情とやらを寄せている理由、とか。
「それを知ってどうする」
「とりあえず、お見舞いに行きたいかしら」
「はっ。俺が会わせると思ったか? 弟に妙な感情を抱いていると分かっていながら、会わせるばかがどこにいる」
那智は草花に興味を持ち始め、『Flower Life』に通い始めた。
草花を眺めることが好きになり、植物を育てる楽しみを覚え、いつも兄の俺に草花の知識を語っていた。そんな那智はバジルやミントを立派に育て終え、仲良くしてくれる店員の勧めでカモミールが欲しくなった。