「まぁいい。今日は頼んだぞ、庵」

「言われなくてもわかってる……んなことより急なんだよお前、色々と」


文句を垂れながらも、庵は銀杏の葉を取り出し、柄の部分を指に挟む。黄金色の扇をそっと唇に添える。


ヒュウッ———。

庵の身なりに似合わず、隙間から細く響き渡る。葉笛のように、一直線に音は往く。厘が鈴を鳴らすのと同じく、それは妖術の発動合図だった。




———遡ること、数時間前。


「……はぁ?憑依だと?」


下弦の月が見下ろすアパートの上。厘は不本意ながら、庵に打ち明けた。岬の特異な体質と置かれている状況について、それはそれは丁寧に説いた。


「夢魔が憑いている。しばらくお前は離れて寝ろ。雄の強い者は奴の天敵だ」

「……別に平気だろ。今まで通り、屋根の上なら」

「駄目だ」


お前が我を失い、岬を襲いだしたらどうするつもりだ。たとえ中身が早妃であっても、俺は容赦なくお前を葬るぞ。


そう加えると、庵はようやく観念した。脅しではない、と嗅覚が働いたのだろう。


「……それで、どうすんだよ。いつ出てくるかわかんねぇんだろ」

「ああ。問題はそこだ」


厘は腕を組みながら、瓦の上で広げられる器用な胡坐を見据えた。


「お前、何か妙案はあるか?」

「は?」


仮にも葬ると放った相手に、一体何を頼るというのか。庵の表情はそう語っていた。