「それで……なぜ憑依対象を変えたんだ」
厘は、路地裏での出来事を回顧しながら尋ねる。あのときは。男を誘っていたときは、虚ろな瞳の少女に棲みついていたはずだ。岬の手をとった、あの瞬間まで。
「うーん……言わなくてもわかるんじゃない?」
「勿体ぶるな」
「厳しいなぁ……」
細々とした黒髪を指に巻きつけながら、早妃はぼやいた。
「居心地がいいからに決まってるでしょう?」
そして、鋭角に唇を持ち上げる。
何度その言葉を耳にしたか分からない。居心地がいい、入りやすい———その度、岬は命を賭しているというのに。
「それはなんだ……ほかの人間にはないものなのか」
沸々と込み上げる怒りを抑えながら、厘は訊いた。
「ないない。路地裏で憑いた子はまぁまぁだったけどー……基本は憑くことなんてできないよ。私でさえ」
「路地裏の娘と岬、何が違う」
「何かなぁ。うーん……」
どうやら、この夢魔の口癖は「うーん」のようだ。スムーズに話を進められた試しがない。
厘は苛立ちを指に込め、組んだ腕に何度も落とした。先を急いていた。