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岬は混乱していた。
台所に立って味見をする姿はさながら母のようだったし、調味料や器具の場所も熟知しているように見えたからだ。まるで、今まで一緒に共生してきたかのようだった。
それに、全く違和感を覚えさせない呼名。
「岬。これテーブルに」
「あ……うん」
どうして私の名前を知っているのだろう……。
岬は差し出されたお椀を食卓に並べながら、首を捻る。本当に怪しい人だったら危ないのでは、と過るものの、追い出すことはできないでいる。リリィだと名乗られているからか、もしくは心の内で後ろ髪を引く何かがあるのか。根拠は分からなかった。
「よし。食べるか」
袴のように裾広がりのはき物。良い仕立ての藍色の羽織。嫌味なく着こなした背丈が、同じ目線まで下りてくる。岬は喉を鳴らしながら、事もなげに正面に座る(自称)リリィと、目の前に広がる豪華な食事に手を合わせた。
「い……いただきます」
「召し上がれ」
一汁三菜がそろっている食卓はいつぶりだろう。疑い深く男を見つめながら、感心していた。
匂いからも伝うコクの深さ。鼻腔を香りが独占すると、理性が薄まる。早々に箸へと手が伸びる。外見、年齢はそこまで変わらなさそうなのに、良妻賢母と称えたいくらいの出来栄えだった。
こんなの、絶対美味しいに決まっている。