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「いつまで狸寝入りをするつもりだ」
厘は羽織のなかで腕を組み、居間で横たわる岬を見据えた。瞬間、彼女の口角はゆったり持ち上がる。やはり、岬本人の持つ表情ではない。
警戒する厘をよそに、彼女は気だるげに上半身を起こした直後、悠々と欠伸を吐いた。
「うーん……バレてたのね」
ふぁ、と放たれる吐息に、齢十七の娘には不釣り合いな色気が垣間見える。
今日はまだ、新月の数日前。通常ならあり得ないが、この風体は間違いなく“完全憑依”の形態。
厘は「当たり前だ」と余裕を繕った。
「あれ……あなたって雄よね」
顎に人差し指を添え、小首を傾げる岬。艶のあるその表情に、ゾクリと何かが掻き立てられた。
「だったらなんだ」
「不思議だなぁと思って。この私にあまりそそられないみたいだから」
ふふ、と息を漏らしながら立ち上がり、彼女は厘と距離を詰める。
床を擦るような足の運び。妖艶な空気。岬の体を纏っていても、改めて違うと判る。すべて憑依している霊魂の性質に基づいており、そこに岬の意思はない。さら言えば、みさ緒の時より溶け込みは著しく、厄介に違いない。
理由は二つ。新月でもないのに完全憑依ができる、黒闇天以上に特殊な霊魂だということ。そして、雄にとっての天敵であるということ。