岬に憑いている霊に限り目視が出来る。
その条件を、厘は疾うに理解していた。とくに、問題は生じないと思っていた。
「岬……!」
だが、今日に限っては例外といえるだろう。
路地裏で男どもに言い寄られていた少女は、厘が男を払う隙に脱兎し「最高ね、あなたの身体」と、岬の手を掬い上げた。
近くで一部始終を見ていた庵は、何が何やら、といった面持ちで動かない。虚ろだったはずの少女の瞳が、急に色を変えたからだろう。
『何もできなくてごめん、岬』
しかし厘は、瞬時に状況を理解した。汐織が言った直後、岬に憑く霊が入れ替わるのを目にしたからだ。
「クソ……っ」
厘は脱力した岬と、名も知らない少女を抱きとめながら、臍を噛む。
みさ緒に比べて、汐織は憑く意志が弱かった。……だとしても、満月を待たずして他の霊を退けることができるのか。岬の後ろで眠る、あの女は一体———。
「庵。お前はこっちの娘を頼む。おそらくすぐに目覚めるだろうが」
「お、おう」
柄にも似合わず呆けていた庵に、意識を失っている小柄な少女を預けた。傍ら、巡らせた。
———少女の中に棲みついていた霊が岬に乗り移った、と考えるのが妥当。おそらく、庵が覚えた違和感や、異様な男共の気配はその霊魂が原因だろう。
一時的に意識を失わせた男共はともかく、庵の方はまだ頬を紅潮させていた。