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最初に変化を見せたのは庵だった。
「なんだ……この感じ……」
夕刻、デパートのガラスにネオンが揺らぎ始める頃。庵はスンスンと鼻をひくつかせながら、頬を紅潮させる。心なし目も垂れて、徐々に覇気が失われているように見えた。
「庵?どうかしたの?」
「……いや、」
様子がおかしい。
「何だ、何に釣られている」
厘も怪訝そうに、その姿を見つめていた。“釣られている” ———庵の様子を的確に示す言葉だった。岬にも、夕飯の香りに誘われ自然に足が赴く経験はあったが、庵の様子は似て非なるもの。
誘われるだけでなく、何かを吸い取られているようだった。
「身体が少し、熱くなってきた」
「……え?」
ただでさえ薄着だというのに頬は火照り、口調にも力がない。
「風邪……かな?体温診て、」
「いや、違う」
庵の額へ差し伸べた手は厘に遮られ、握られたそれは強く締め付けられる。らしくなく、加減のないその強さは、緊迫感を覚えさせた。
「ついて行くぞ」
「う、うん……」
厘は何かに気づいている……?
鋭く双眸を光らせた彼を横目に、岬は唇を堅く結んだ。