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「お前……自分が今日何をされたか覚えていないのか」
その夜は、いつもとは少し違う形で食卓を囲む。テーブルに肘をつく厘は、不機嫌そうに岬を見据えた。
「忘れたわけじゃないけど……」
「おぉ、これ美味いな。なんつーんだっけ、茶碗蒸す?」
岬の声に被せた庵は、目を爛々とさせて厘を見る。
「……茶碗蒸しだ。阿呆」
「あぁ?阿呆だぁ……?」
今夜は庵が一緒に食卓を囲んでいた。ホームレスさながらの暮らしをしている庵を案じ、岬が「一緒に夕飯食べない?」と誘ったからだ。
厘が機嫌を損ねる理由は二人の不仲にあると知っても、厘の美味しいご飯を食べればきっと、と多少の希望を抱いたのも事実。しかし、早速瓦解しそうになるプランに、岬は汗を飛ばす。
「こっ、この茶碗蒸し、私もすごく美味しいと思う。銀杏も入ってるはずだよ」
ピリつきそうになった空気をどうにか薙ぎ払った。
「実が入ってんのか?」
「うん、厘に頼んで入れてもらったんだ。私が、上手く作れればよかったんだけど……」
「カハハッ、お前見るからに不器用そうだもんな。非力だし」
ゴツン———厘が庵に拳を降らせる。唾を飛ばしながらキレる庵を、厘はその額を押さえて冷静に動きを封じる。
また、何かが彼の気に障ったらしい。