「で、お前は何故化身として現れた。ずっと此処で眠っていたら良かったものを」
厘は腕を組みながら庵を睨む。背丈は厘の方が高く、庵はそれが気に入らないと言った様子で丸い背筋を伸ばした。
「わかんねぇよ俺だって……ただ、覚えてることはある」
「覚えてること?」
「あぁ。この姿になった瞬間の出来事のことは、はっきり覚えてんだよ」
庵は「これだ」と傍にある木を差した。
並木道に植えられた、他のどれとも変わらない樹木。しかし庵にとっては、ひとつひとつ見分けがつくのかもしれない。
「コイツが蹴られてた」
「蹴られていた?誰にだ」
「通りすがりのガキだよ。珍しいことじゃねぇけど……ソイツら実を無理やり落として、終いには鼻をつまんで騒ぎやがった」
「ほぉ……それで、そのガキを追い払ったってわけか。お前が」
厘は顎に手を当て、感心したように言った。
「……気付いたらこの姿になってたんだよ。だから、一発食らわしてやろうかと思った。野郎のくせに、女を蹴りやがって」
「女……?」
岬は首を捻った。庵が見据える銀杏の木は女性ということなのだろうか。