「私はその……少し外の空気を吸おうと、」
「つまりサボりってことだろ。言い訳すんな」
「ごめんなさい……」
「俺はいまから中庭で授業をバックレる。邪魔しにくんじゃねぇぞ」
ぶっきら棒に、しかし手をハラハラと振る庵は、大股で階段を下っていく。すこし丸まった背中が、今朝よりも優しく見えたのは気のせいだろうか。
『随分と乱暴な男だな。友だち?』
息を潜めていた中の声が尋ねる。悪い人ではないと庇いながら、なぜか “乱暴” という言葉を否定することはできないでいた。同時に少し笑みが漏れた。
やっぱりちょっと、厘に似ている。
「友だち……ではないかな。今朝知り合ったばかりだし」
『今朝?』
「今朝、危ないところを助けてもらったの。そのときもすごく強引だったけど」
笑みを浮かべながら踵を返す。中庭に行けないとなると、なかなか逃げ場がない。それなのに、心は大分軽くなっていた。
『でも、あいつ自身が危ない奴だと……いや、それより、僕の名前は汐織っていうんだ。長く居座るつもりはないけど、よろしく』
「男の子で汐織って珍しいね。すごく素敵」
『そうかな。その反応は初めてかも』
ホームルームを終えた教室に戻るまで、岬は汐織と他愛のない話をした。同じ異性でも厘や庵、まして蛇の男とは全く違い、穏やかな気持ちで会話は弾む。透き通った水が包み込むような声に、癒された。
『岬。あの庵って男、気を付けた方がいいかもよ』
だからこそ、汐織の忠告には思わず言葉を詰まらせた。知らぬ間に、庵への情が沸いていたのかもしれない。
『僕、勘が働く方なんだ』
その勘の鋭さが嘘ではない、と明らかになったのは、放課後のことだった。