「……そんなんじゃ持ち上がんねぇだろ」

「え?」


手に錆の匂いを擦り付けながら、奮闘する最中。横から響いた声に不意をつかれる。


「あぁ?なんだよその顔。手伝ってやるっつってんだから、もっと敬え」


秋風に靡く金色の束。秋の匂い。


強引にも場所を取って替わり、素早く用具入れを立てるその人物には、非常に見覚えがある。漁船が再びやってきた、と悟るまで、そう時間はかからなかった。


「伊藤くん……」

「……その名で呼ぶな。俺は(あん)、敬称もいらない」


敬え、と言っていたのに。いつの間にやら元の通りになっている用具入れを見据え、岬は呆けた。持ち上げることすら叶わなかった用具入れを早々に、彼は立て直してしまった。


意識を巻き戻しても、正確に作業の内訳を思い出せない。まるで魔法のようだと思った。




「おい、聞いてんのかチビ」

「は、はいっ……その、ありがとう……また助けてもらって」


見下ろすように睨まれ、岬は怯む。魔法に宛がったと言えば、機嫌の悪そうなこの顔はさらに歪むだろう、と確信した。


「別に。それよりお前もサボりか?」


庵は、すぐに顔を背けて後ろ髪に手を添える。その仕草は、照れ隠しをしている厘によく似ていた。