だから、私はもう……生きる理由なんてないんだよ。お母さん。
目の前に佇む築数十年の鉄骨アパート、母との思い出がつまる1DK。
『ここは手放したくないでしょう?通学にも便利だし。……ほら、うちだと遠いから』
『うちは子ども3人で手一杯なのよ。ごめんねぇ』
盛大な葬儀のなか、はじめて会ったばかりの親族から煙たがられている、と瞬時に悟った。
理由は明確。未婚のまま赤子を授かった母が、名家の恥と晒されていたことを知っていた。交際相手に『見限られた』、父親は『はしたない男』と揶揄の声があったことも葬儀の場で聞こえてきたけれど、何も揺らがなかった。
最期に、綺麗に化粧を施された母の顔以外、重要なことはなかったから。
「……」
朦朧とした意識のなかで階段を上り、家の扉を開く。心なし息が苦しい。カラカラと乾いた喉が、体の管を締め付けていく。
……やっぱり、お母さんの言った通り。リリィは本当に、私の命を繋ぎとめてくれていたんだね。
「でも……もういいや」
バタン———。
ローファーを履いたまま、岬は狭い玄関に倒れ込む。ひんやりとした床の温度で、自分の身体は猛暑にさらされていたのだと、際になって思い知る。
段々、温度の差も感じなくなって、きっとこのまま私は———お母さんのもとへ旅立つの。