「お母さんは、もうひとつ残してくれていたの。私の居場所を」
まさか、二人で育てていた鈴蘭の花———妖花がその居場所になるなんて、最初は思いもしなかったけれど。
「それに……」
『なァに?』
「みさ緒や他の霊魂たちの居場所に、私自身がなれるんだって、気づいたの」
額に当てていた手が無意識に、力なく下りる。そろそろ体力が尽きてきた。一か月前に感じた死期にはまだ遠いけれど、たぶんもうすぐ———
「ねぇ……みさ緒」
振り絞った声はすり減った体力のせいか、それとも涙のせいか、少し震えていた。
「私、少しは……少しでもみさ緒の心の穴、埋められたかな」
力の緩んだ身体。後ろへ倒れそうになった上半身を、厘の腕が抱きとめる。下から見上げた彼は、鮮やかな唇を結んでいた。
『何言ってるの……当たり前でしょ』
また、震えている。彼女の言葉に、岬は安堵した。
『あんなに迷惑かけたのに。私、自分の快楽しか考えてなかったのに……本当、どれだけお人好しよ』
続く言葉の意味は、いくら考えても分からない。しかしそれを問う体力も、時間も残されていないことは分かっていた。
「声だけじゃなくて……顔も、ワンピースも、見てみたかったなぁ」
生暖かい水滴が頬を伝う。瞬間、岬の身体は微量の重さと気配を失った。
「岬。もうあいつは行ったぞ」
「……———」
さようなら、またね。
どちらの言葉も告げずに去った彼女の体温が、愛おしかった。