母の微笑みを浮かべながら、岬の視界はグラリと揺れる。ここ最近、めまいと息切れがとくにひどい。


……やっぱり、“あの約束”を守っていないから?
首にぶら下げたペンダントを弱い力で握りしめる。母がくれた、形見だった。


———『少しでも辛くなったら、必ず身体に“摂り込む“こと。リリィはあなたを守る、大切な薬だから』


リリィ……そうだ。物心ついたときから傍にあった、鈴蘭の花。


母がたいそう大事に育てていたから、岬もそれに(なら)った。いつか本当に鈴の音を鳴らすではないかと実は試したことがある。白く垂れた、小さくて可憐な花。


 “Lily of the valley”


リリィは英名からとった愛称だ、と教わったときには、その見かけにピッタリだと思った。でも、Bellが見当たらないことにはこっそり肩を落とした。


『ペットでもないのにどうしてお花に名前をつけるの?』


尋ねたとき、母が『私たちの家族だもの』と微笑んだのを覚えている。太陽のように朗らかで、強ささえ垣間見える笑みに、岬は幾度も救われた。



孤独だった岬の、唯一の居場所は母だった。


とある“特異体質”ゆえに同級生からは避けられ、友人関係を築いた試しもない。葬儀に参列するまで、親族の顔など見たこともなく、故に太陽以外の光を知ることは、これまで一度も無かった。