みさ緒は刻まれなれていない眉間を再び寄せ、「そうよ」と開き直った。
「何が悪いの?……別にね、岬のことが嫌いなワケじゃない。むしろ好きよ。それでも、この身体には相応の価値があるの」
頬を摘まんでいても、口は変わらず達者だった。視線を泳がす気もないらしい。
「お前、自分が何者か分かっているのだろう?……なぁ、黒闇天」
しかし、厘の放った一言でみさ緒の瞳は曇天を浮かべた。驚きよりも、おそらく観念に近い。そんな眼差しだった。
「やっぱり、気づいていたのね」
「安心しろ。岬には聞かせていない」
「そんなことをしたら、あなたの口を引き裂いてやるわ。まぁ、正確には “黒闇天の末裔” だけど」
狭まれた口内で頬を噛んだのか、やたらと痛そうな表情を見せるので、厘は仕方なく手を緩めた。
黒闇天———それは、仏教における天部の女神。女神といえば聞こえはいいが、いわゆる人に災いを与える神とされている。末裔であるみさ緒も、その性質をある程度受け継いでいるらしい。岬に災いが降って湧いたのも、黒闇天の力によるもの。
先祖の方はともかく、末裔ごときにはその力を制御することができないのだ、と彼女は白状した。
「俺が化身として現れていなければ、お前が及ぼす災いから岬を守れずに居ただろう。……それを加味しても、まだ居続けるつもりか」
厘は再び腕を組み、頬をさする彼女を睨み見た。
「居るわ。岬を死なすことになったら、悪いとは思うけど」