「思っていたよりも懐かしい感じはなかったわ。ただ、飲食ね……喉に伝う感覚には正直、戸惑ってる」
「白々しい。俺の手料理も難なく食っていただろう」
「ええ。それでも、岬の身体でっていうのは違うものよ。自分の本体が在った頃とは」
「味覚も変わるものか」
「そうね。あと咀嚼の回数も。岬は犬歯が小さくて、噛み切りにくかったわ」
ほら、と開けて見せつけられた口内に、厘は目を凝らす。
確かに、顎も歯も小さい。……今度は少し、柔らかい肉で調理してやろう。
「まぁ、この感触が一夜限りっていうのは切ないわよね。岬には悪いけど、夜が明けるまで存分に使わせてもらうわ」
背伸びをしながら、みさ緒は語尾を弾ませる。
一夜限り———それは、岬に憑いた霊魂が新月の夜に限って完全憑依できる、という制約のことを指していた。
黄泉へ繋がる、月灯りの導線。それが完全に絶えた夜には、“入りやすく” なるらしい。裏を返せば、満月の夜には岬の身体を離れざるを得なくなる。導線が濃くなるからだ。
岬はおそらく、そこまで理解していない。完全憑依時の記憶は引き継がれないようだし、おそらく、宇美も黙っていたのだろう。
「ハァ……」
厘は深くため息をついた。
この完全憑依で、どれほど岬の精気が奪われるか。……半分憑依なんて比ではない。それに今回はみさ緒であるというだけで、十二分に厄介だ。