「最初から妙な気を放っていると思っていたが……今朝と今回の一件で、大体の検討はついたな」


唇で弧を描く厘に、みさ緒は顰蹙(ひんしゅく)する。岬を通じて伝う表情の温度が、動揺を纏い熱していた。


「あの、厘……車のなかの人は平気か、わかる……?」


見えない攻防など知るよしもない岬は、しかし小声でこっそり訊ねる。


「運転手のことか?」

「うん……あと、一緒に乗っていた人も」


厘はギュッと袖を強く握る岬に、“彼女” の面影を垣間見た。先刻まで気弱に、目立つ目立たないと気に掛けていたくせに……宇美と岬、お前たちは本当に似た者親子だ。


「無事だ。直前にハンドルを切ったおかげで、運転席には危害が少ない。それに救急車とやらもこちらに向かっているそうだ。同乗者もなし。……つまり、案ずるな」


土の絨毯にそっと身体を下ろし伝えると、彼女は肩を上下させて微笑んだ。このお人好しを極めた娘は、自分が巻き込まれていた可能性を案じるより、他人の安否の方がよほど気になっていたらしい。


「とにかく、今日は安静に過ごせ。学校ではお前を守ってやれないからな」


本当は『休んでしまえ』『むしろ学校などという無法地帯に足を踏み入れるな』と言いたいところだが。


───『岬、今日は学校どうだった?』


生けられていた頃の記憶のなか、何度も繰り返されていた言葉。それは岬の母親、宇美の朗らかな笑みとともに再生される。……言えるわけがないだろう。あれを聞いていた俺が。