慌てふためく岬を横目に先を促す。よく見ると、彼女の頬は赤く染めあがっていた。暑さのせい……ではなさそうだ。


『いいわ、私が代わりに言ってあげる』

「なんでお前が」

『岬が可哀そうだもの』

「……まぁいい、聞かせろ」


不本意ではあるものの、仕方なくみさ緒の言葉に耳を貸した。


『残暑が冷めやらないのに、羽織も脱がない、裾もめくらない。加えてその見てくれ。周りの視線が注がれていること、気が付かなかった?』

「視線?」

『岬は気にしているワケよ。仕方ないから教えてあげる。こういうのを “世間体” っていうのよ」


阿呆、そのくらいの知識はある、と返したいのはやまやまだったが、厘はあえて突かなかった。言葉自体を知り得ていても、人の世では周りと異なる外見をしているだけで妙な(そして決して良くない意味での)注目を浴びる———つまり、世間体を害する、という理解はなかったからだ。


「分かった。それなら限界まで気配を消す」

「え……気配?」

「ああ。今ここで身なりを変えるより、幾分か自然だろう」


厘は一歩後ろに下がり、振り返った岬を見据える。瞼を閉じる。そして、羽織の懐に潜めていた黄金色の鈴を取りだし、ひとつ鳴らした。



チリン———。

生ぬるい風に掠れる梢の鳴き声。傍で風が撫でる細長い髪の気配。華奢な指先から漂う鮮血の香り———研ぎ澄まされた厘の五感は、妖術の効果を上げる。



「……厘?」


ものの数秒も掛からなかった。