厘は警戒していた。

花瓶に生けられているときも、化身として人の姿である今も、岬の体質については熟知しているつもりではあったが、霊魂については謎が多い。


岬の額に触れ、中で蠢く醜い魂を出してやろうと試みたが、到底敵わなかった。妖気のみでは太刀打ちできる相手ではないらしい———それに、


「なんなんだ、あいつの気は……」


現在、岬に憑いているみさ緒は、殊更に妙な気を放っている。岬には感じることの出来ない予感も、妖花である厘の琴線には容易に触れた。


「……まぁ、いいか」


下弦の月夜。厘は、襖の向こうを気に掛けながら目を閉じる。そして密かに思いを馳せた。


何者だろうと、傷つけさせはしない……絶対に。




———ガシャンッ。


「い……ッ!」


翌朝。厘は耳を砕くような騒々しい音と、岬の声で目を覚ました。体を起こすと、狭い台所で小さくうずくまる岬が目に入る。


…懲りずにまた、ドジをしたのだろう。厘はやれやれ、と羽織を纏いながら彼女のもとへ向かった。


「おい、どうした?」

「り、厘……っ、えと……これは、」


目を見張る。岬の手が、血に染まっていたからだ。

付近落ちているのは調理バサミ。その先端に纏わりつく鮮血に、岬の手に此の刃物が落ちてきたことを、厘は瞬時に悟った。


「傷口はどこだ。とりあえず洗え、(すす)げ」

「うん……」


調理器具の一員としてシンク上にぶら下げていた調理バサミ。(留め具の老朽化か、はたまた……)厘は岬の手を取り漱ぎながら、眉を顰めた。