「ああ。確かに。庵の妖術を使ったのは、少々狡猾だったかもな」

「庵の術……?」

「周りの人間に庵である、と思わせていた。お前にも、抜かりなくな」


そっか、だから……。「ずるい」の意味は違うけれど、ようやく腑に落ちた。庵は初めから居らず、初めから厘であったということだ。


「適当に術を解いてくれ、と頼んでいた。二人きりになる瞬間を待ってからな」

「でも、どうして、」

「ああ。だからそれを、今から答えると言っている」


不機嫌で、かつ高揚を含んだ声色。矛盾したその様子。何がそうさせているのか、未だ解らない。しかし後に続いた言葉は、簡単に紐を解いた。


「俺に惚れているのかと、訊きに来た」

「惚、れ……っ」


体が、みるみるうちに熱を持つ。首から頬に掛けて真っ赤に染めあがる自分の様が、鏡なしにも分かってしまった。


「それとも、訊くまでもないか?」


嬉しそうに笑みを零す厘。反応が素直すぎるのも、玉に瑕だ。


「な、ななっ……なんでそんな、」


慌てふためき泳ぐ瞳を、真っすぐ捉える鈍色。髪を優しく掻き分ける骨ばった手。顎を竦めると、彼の瞳がゆったり細まる。


唇に、彼の唇が及ぶまでは、まるでスローモーションだった。精気を注ぐ、という目的を失ったキスは、触れるだけの優しいキス。しかし瞼を持ち上げると、半分開いた彼の瞳は、今まで以上に熱を持っていた。