「ど、どうして……」


白髪が扇のように靡く。
一瞬にして消え去った庵の残像。もとより、庵はここにはいなかったのかもしれない。これまでの言動すべてが厘のものだとしたら、覚えていた違和感ともすべて辻褄が合う。


「どうした、と俺に問うていたな」

「へ……」

「今、ここで答えよう」


だからほら。逃げるなよ———?

澄んだ鈍色の瞳は、暗にそう紡いでいるような気がしてならない。堪らず目を逸らそうとするが、しかし、それは叶わなかった。


「……っ?!」

「俺を見ろ。岬」


厘の細長い指が、器用に顎を捉える。鋭い爪先を肌に及ばせない仕草も、間違いなく厘の配慮だ。今度こそ紛い物ではないと、岬は確信した。


あれから、ずっと避けてきた。厘の反応が怖くて、ずっと逃げてきた。だから、近くで彼の視線と交わるのは久しく、落ち着かない。それに———。


岬はネクタイの結び目に視線を落とす。まるでその風貌は、同じ学校で時を共にする同級生。あやかしと人、という隔たりを忘れていまいそうになる。


「……ずるい」


心の内で呟いたはずの言葉は、無意識にも零れ落ちた。

何がずるいって? そう言いたげな厘は、やけに愉しそうにこちらを見下ろしながら、距離を詰める。そして本棚に押し当てた片腕で、退路を完全に()った。逃げ果せることは不可能だ。