「あ。それよりさ、あっちで伊藤くんが呼んでるんだけど」

「伊藤……くん?」


誰のことだろう。
首を傾げながら、彼女の指が差す先を見据える。直後、お礼を言い終えて、扉の前に立つ()の元へ駆け寄った。


苗字で呼んだことがないので、すっかり抜けてしまっていたけれど、学内で彼は “伊藤庵” で通っていたっけ。


「どうしたの?庵。珍しいね」


隣のクラスになった、と聞いてはいたけれど、登校初日に顔を出してくれるとは思いもよらず。岬は自然と笑みを溢した。


「へぇ……前とは少し空気が違うな」


庵は腕を組みながら俯瞰するように、一通り教室内を見渡す。


「え……前?」

「来い、岬。朝のホームルームとやらまで、まだ時間はあるのだろう」


言いながら、彼は少し強引に手を引く。廊下を行くと、周りのざわめきが耳に入る。新入生の目は一層好奇心を含み、彼の金髪を眺めていた。


「あ、庵……?」


顔を熱しながら、岬は顔を俯かせる。


庵?庵、だよね……?
逞しい背中も、朝日を反射する金色の髪も、間違いなく彼のもので合っているはずなのに。どうして違和感を覚えてしまうのだろう。


……たぶん、なにかが違う。