———……が、しかし。


「おい岬。ハンカチを忘れて、」

「いっ、いってきます!!」


バタンッ。アパートの扉が閉まる音が、無情に響き渡る。

あれから一週間経過した今日(こんにち)。平穏な日常のなか、厘の心情はそう穏やかではなかった。


「……なんだ、アレは」


行き場を失くした手を引っ込めながら、思い切り眉を顰める。ようやく岬の想いを確認できた矢先に、この有様だ。要するに———、


「まーだ避けられてんのかぁ、岬に」


後ろから響く声。やけに愉快そうに弧を描く口元を、厘は鋭く睨み見た。避けるどころか、就寝時以外はこの庵をウチへ招き入れている始末。妙に面白がっている様がさらに気を逆撫でする。


「お前、学校へは行かなくていいのか」

「いい。今日はサボる予定だ」


(たわ)け……この期に及んで、お前と二人きりなど耐えられるものか。厘の理性と我慢はすでに限界に達していた。


すべてが不明瞭。不燃焼。岬の反応まだ自分の命がここに在る理由も、宇美の姿が見えた理由も、はっきりしていないというのに。


「……サボると言ったな」

「あぁ? それがなんだよ」


痺れを切らした厘は、庵の肩に手を掛ける。辛抱してきたものが積もりに積もり、所作は乱暴になった。


———『好きだよ……厘』


意識が朦朧としていたとはいえ、聞き逃すはずもない。無論、岬もそれを承知だろう。……生殺しとは、やはりあの娘は妙なところで肝が据わっている。


「術を掛けてくれ。褒美ならいくらでもやる。後払いでな」


強引に庵の襟を引き寄せ、放つ。河川敷で、上から降り注いだ岬の瞳を手繰り寄せながら。