肝心な時に救えなくて、愛おしいなど言えるものか。厘は意識の底で自身を嘆く。そのときだった。


ドクンッ。急激に脈を早める心臓。

ドクンッ、ドクンッ。
芯からじわりと伝う熱。遠のいていた意識が、次第に我を取り戻していく感覚。最中、ある人物の影を見た。
忘れるはずもない。暗闇のなかで柔い光を纏う彼女は、朽ち果てるはずの命に、最愛の娘を託してくれた張本人だ。


『どうして、お前がここに、』


ああ。俺はついに死んだのか。
答えを聞くまでもなく、厘は納得した。だからこそ、彼の世にいるはずの宇美が前に立っているのだろう、と。


『時間がないから率直に言うよ、厘。あなたはもうすぐ目を覚ます。うちの娘が今、奮闘しているはずだから』

本当に時間がないらしく、やたらと早口で。多少聞き取り辛いが、慣れ親しんだ声だからかしっかりと意味は伝わる。靄がかかって見えにくいはずの表情も、容易に想像がついた。おそらく、朗らかに笑っている。


『厘は死なない。だって、あの子を残してなんて逝けないでしょう?』