———それなのに、
『幸。ねぇ、お願い。私から……出て行って』
どうして。どうして。……どうして……?
厘から精気を吸い上げながらも、ドクドクと脈が暴れ出す。血管がはち切れそうなほど、強く、強く。
瞬間、幸の脳裏に過ったのは、この世で一番嫌いだった女の声だった。
———『ごめんね。ごめんね、幸子……私のせいで、私のせいで』
大嫌いな、母親の声だった。
……ああ。どうせここから追い出されるのなら、最後は厘の声が良かったのに。
『勘違いしないで。……あなたのせいなんかじゃない』
名残惜しい低体温。鼻孔をくすぐる可憐な香り。ふわりと宙へ浮き始めた意識を自覚しながら、幸は呟いた。
私はどうやら、愛することにも、愛されることにも、ずっと手は届かないらしい。生きていても、———死んでいても。
でも、河川敷での日々は悪くなかった。たったひとつの光を見つけられた。母親以外の人間をあんなに憎んだのも、初めてだった。それほどに、貴方を愛してしまった。
『さようなら。厘』
きっと、私。ただ、誰かの一番になりたかった。今更気がついても、もう遅いのに。———幸は天に向かって、笑みを零す。
『次はもっと、強く呪ってあげるから』
言い残した幸の瞳には、シロツメクサが揺れていた。