卑しい。卑しい。卑しい……。
憑依に侵されながらも、鈴蘭の香りで再び目を醒ます小娘。見据えながら、幸は何度も歯を食いしばった。あるはずのない痛みが、体中を締め付けた。
『……お母さん?』
———だから、花籠宇美が朽ち果てたとき。久しぶりに高笑いをした。これで、いつでもあの娘を朽ち果てさせることができる。いつでも、厘に触れられる。そう踏んだ。
『阿呆、勝手に逝くな』
しかし、幸には再び衝撃が走った。
人の姿に形を変えた彼はあまりにも美しく、同時に穢らわしい。なぜなら、澄んだあの瞳には、岬のみを映している。そう悟ったとき、幸は厘を殺すことを心に決めた。
すべては思い通り。否、それ以上だった。
霊にとって都合のいい噂を吹き込めば、簡単に岬を操ってくれる。ひょんなきっかけで悪霊までもを身に憑けてくれた娘に、謝辞を述べたいくらいだった。厘を追いやってくれてありがとう、と。
霊力の強いモノが憑けば、心もとない扉の枷はより脆くなっていく。霊の入れ替わりが激しくなり、併せて厘の精気も矢継ぎ早に減っていく。これほどに愉しい日々は、久しかった。
もうすぐ、貴方と逝けると思ったから。最期はもちろん、この私と一緒に。
絶対に叶うはずだった。母親と違って霊感もない。拒む強さもない。お人好しで、自分を穢す勇気もない。……憑依体質と化した彼女は、あんなにも弱いのだから。