静かに眠る厘。その端麗な顔に体温を寄せながら、母の言葉を思い出す。


「私だけの力じゃ、まだ駄目だったけど……それでもちゃんと、救けるから。今度は “私たち” が」


告げた後、岬は取り出した白い水筒を傾けて、口内に水と向日葵を同時に含んだ。


———『物足りないのなら、口移しで注いでみるか?』


いつだったか。冷やかしなのか、本気なのかも分からない、厘の台詞が過る。まさか自分から実践することになるとは、夢にも思わなかった。しかし今度こそ、躊躇いも逃げる気も毛頭なかった。


厘……起きて。 


薄い唇に自分のそれを重ねながら、岬は静かに目を閉じる。そして、合わさった管の中で強く、強く、向日葵が届くように押し込んだ。何度も水を含んで注いだ。これまで彼が注いでくれたように———息をするのを忘れるほど、懸命に。



———……岬?


朦朧とした意識のなか。呼ばれた拍子に視界を明らめると、唇の隙間から垂れた水の痕が、視界の端に写り込む。不謹慎にも胸を締め付けられながら、視線をそっと持ち上げる。


袂から鈍色が覗いて、岬はようやく息を吸い、大きく吐いた。


「好きだよ……厘」


零れ落ちる。

気づけばすでに、雨は止んでいて。雲間から覗いた日の光は、二人だけの世界を作り上げるように、オレンジ色の緞帳(どんちょう)を下していた。