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意識がはっきりしていたのは、重たい扉をひとつ閉ざしたところまで。


「……ん」


“海” から還った岬は、目の前で光る鈍色の瞳を見つめ、勢いよく飛び退く。瞬間、湿った草の上に倒れる厘の体。寸前まで光っていた瞳は閉じられて、唇も肌も蒼白と化していた。


「りんっ……、」


まだ少し怠く、鉛がのし掛かったように重い体。しかし自分の意思で動けているということは、幸を追い出すことに成功したらしい。そして、厘がこの体に精気を注ぎ続けていたことを意味していた。


「私、戻ってきたよ。だからお願い……お願い、起きて……」


脱力した彼の上半身を起こしながら、動転した心を懸命に冷ます。母の教えを、絶対に無駄にはしない。


「だいじょうぶ……。少しだけ、待っててね」


河川敷に、彼の頭を据え置く。直後、岬は首に下げていたペンダントの鎖をちぎり、ガラスの奥に眠る花弁を空に翳した。


「庵。庵、起きて」

「ん……んン?」


次いで、深い寝息を立てていた庵を揺らし「お願いがあるの」と詰め寄った。これまでになく鋭く光を灯した岬の瞳に、庵は寝起き早々慄いた。


「このペンダントを、ガラスを、割ってほしいの」


何事か。そう言いたげにも言葉を呑みながら、冴えない視界を取り戻すべく目を擦る庵。しかし岬は、容赦なく続けた。