「岬、いるのか……?聴こえているのか、俺の声が」

「無駄よ。聴こえてたって、もー意味ないんだから」


意を決した彼女は、厘の後ろ首に腕を回す。自分の意思では一度も触れたことのなかった首筋。そこは、雨でしっとり湿っていた。


「あーあー……可哀想。もう抵抗する力もないのね」

「おい、お前———!」


トンッ———。
随分と久しく感じられる庵の怒号と、指に伝う彼の温度。同時にその綺麗な金髪が、扇状に地面に広がっていくのが見えた。


一瞬で、何が何だか分からない。……否、感触で一つだけ分かる。幸がこの体を操り、意のまま庵の額に触れたのだ。それで———。


「お前……庵に何を」

「心配しないで。お友達には眠ってもらっただけだから」


口角を持ち上げる幸は、再び正面で厘を捉える。その間、岬は意識の淵で肩を竦めた。


“誰の邪魔も許さない”


その強い執念に体が縛られていくようだった。


私だって……私の方が……。
意識を研ぎ澄ませ、深海に身を沈める。背丈は同じだけの戸口。両端に聳える扉はだらしなく開かれたままで、しかし触れても動かない。


……どうして、どうして。


「大丈夫だよ。厘のあとに、素行の悪そうな彼を(むさぼ)るほど、私は飢えてナイし」


近づく唇の気配。慣れはなくとも、幾度も親しんだ厘の唇だと、すぐに判る。


「こんなに、一途なんだから」


深海の底。唇が重なる瞬間。岬は上から伸びる一筋の光に、手を伸ばした。