「り……ん……っ」
曇天を背景に、視線の先に浮かぶ表情。こちらを案じる鈍色の瞳。すりガラスは結露のように溶けていき、靄が薄れていくのが分かる。たとえ視界が完全には晴れずとも、全身で愛しいものだと覚えている。
自分の体がこうなってしまったときのことも、全て、思い出した。憶えていた。
「……岬?」
慎重に、瞳の色を変えて覗き込む厘。もう少し———心の内で唱えながら、岬は喉を絞った。
「う、ぅァ……何……何なのよこの娘」
しかしそれは、瞬く間に幸の支配へと下る。きっと、開いてしまった扉を閉ざさなければ、事態が変わることはない。岬の脳は、冷えていた。
「何か、内側で。内側で何か、企んでるみたい。……ああ、そうね。もう。もう、いっか」
もう、いい?
苛立ちと高揚を含んだ幸の口調に、岬は心臓を荒立てる。唇の小刻みな揺れが、武者震いのようで不気味だ。
「アッ、ハハッ、分かってる? 分かってるのね? これから私が、何をしようとしているのか」
幸は胸に手を当て、荒立つ鼓動を嘲笑する。岬の意識が介入しようと、もう関係ない。暗に放たれたような気がして、岬は体を冷やした。