ケホッ。窮屈そうに息を吐き出し、幸は続けた。
「厘を私から奪ったあの女———アレが亡き今、この娘は何も出来ないわ。思い知っているんじゃない?厘もそれを」
「……何が言いたい」
「私がこじ開けた扉はひとつだけ。それなのに、この娘は全てを許してる。バカみたいにお人好しで、弱い人間なのよ」
そんなの、私が一番解っている。母のように厘を救えたのなら良かった。ずっと、ずっと、役に立ちたかった。強くなりたかった。
「お前は何も分かっていないな」
深淵で自身を卑下する岬に響いたのは、嘲笑を含んだ厘の声。
「失ったから、岬は強くなれる。お前の瘴気に毒されていた俺を、ここまで掬い上げたのは岬だ。お人好しで、か弱くて———それでも誰かの居場所であろうとする所に限っては、底知れない執念と頑固さがあってな。しぶといんだよ、意外と。……そんな娘の強さを、一度たりとも感じなかったか?」
まだ細いだけの雨は、彼の台詞を引き立てる。岬はもう一度、慎重に、瞼を持ち上げようと試みた。
このお花を大事に育てること───
母と岬の間に生まれた契りを呼び起こしながら、懸命に試みた。
伴い、徐々に辿られていく記憶。河川敷で倒れたとき、魂に触れられたこともその一片で。あの頃、意識はすでに朦朧としながらも、生きようと懸命にもがいていた。母の笑顔と、再び出会うために。
———『私と厘の、邪魔をするな……!』
ミシミシ。重厚な扉が開く音。それと同時に響いていた声は、幸……あなたのものだったんだね。