———『約束はね、このお花を大事に育てること。いい?大事に、大事にね』
刹那。同時に思い起こされる母の声。この河川敷での記憶———初めて厘に触れたのは、あのときだった。まだ人肌ではなかったあなたに、触れたのは。
「何故岬に手を出した。俺に恨みがあったのなら、俺を苦しめればいい」
「キャハハッ。誰が教えたんだろう?もうそんなところまで知っているのね。……でも残念、少し違うよ」
「何がだ」
「私は厘のことを愛しているし、もうすでに……手は出していたもの」
ドクンッ。
今は自分の感情で動くはずのない心臓が、確かに大槌を叩いた。証拠に、幸は小さく「どうして」と呟きながら眉を顰めている。
ああ……分かる。今、彼女がどんな表情をしているのか、手に取るように。
「気色が悪い。冗談は止せ」
「えぇ~、ひどいなぁ。私はずっとずっと待っていたんだよ。厘」
しかし幸は動揺を隠し、微笑みを絶やさなかった。
「あなたと彼の世へ逝くために、今日までずっと……待ってたんだよ」
彼の世———?
岬は沸々と込み上がる感情に戸惑った。黒い渦で巻かれた負の感情が、足早に込み上げた。厘を “彼の世” へ引き込もうとした事実が、赦せなかった。
「だから俺を、瘴気で蝕んでいたのか」
しかし動揺する岬に対し、厘は冷静で。むしろ、ようやく納得がいった、とでも言いたげな声色だった。