土の、湿った匂いが鼻を突く。俯いて露わになった後ろ首に、ぽつり滴が零れ落ちる。雨だった。
「厘。出て……お願い。ここを出て、」
「何を言う。俺が、お前を置いて行けると思うのか」
違うの。厘、ダメなの。もう削れているんでしょう。“これ以上” はきっと、ダメなんでしょう。きっと、きっと———。
岬は、余力で首を振りながら「来ないで」と呻く。しかし、その声は糸よりも細く、厘の耳には届かなかった。代わりに、頭の奥で響く声は音量を増し、一層思考を支配した。
『母親と違ってお前は弱い。だから厘を、護れないんだよ』
それは、ひしゃげた女の声。続いて響く嘲笑に、岬は脈を荒立てた。響いた声の、言う通りだった。
私は厘を護れない。いつも護られるばかりで、何一つ与えられたことがない。こんなにも大切なのに、何一つ。
ドクンドクン、ドクンドクン———体中の血液が、鼓膜を叩く。厘に護られた命が確かに在ると、今更愛おしく思う。しかし、握っていた拳は心音が荒立つと同時、脱力して開花した。
また。また。自分の中に侵入される瞬間を、存在を分かっている。それなのに、止められない。
目は覚めているはずなのに、視界は闇に閉ざされた。