それが照れ隠しであることに気がついて、笑みを漏らす。


「わかった。厘って呼ぶね」

「ああ」


流された視線。頷いた後で結ばれた唇に、不覚にも胸が締まる。この不機嫌そうに艶めく唇とキスをした、なんて……未だ信じられない。「雄だ」とハッキリ告げられてから、その口元を意識する度、胸の中の信号が点滅を余儀なくされる。


岬は時おり彼を意識しながら、信号に急かされるようにおかずを平らげた。いつもより少し、喉を通しにくかった。


「ご馳走さま、厘。美味しかった」

「早いな。しっかり噛んだのか」

「……うん。噛んだよ」

「ならいいが」


信頼のない過保護な瞳に視線を下げる。


——— “ 今日は学校、どうだった? ”


誰かに嘘をつくのは母からの問いかけ以来で、懐かしさが込み上げる。おかげで緊張の糸は徐々に解れていく。


洗い物まで淡々とこなす厘の背中は、心地が良かった。隣に寄り添うと、すこし酸味を含んだ清廉な香りが、心を落ち着かせた。取り入れて、自分の体質が普通とはほど遠いものであることを思い出させた。



———何日(いつ)ぶりか。その普通ではない(・・・・・・)体の変異が訪れたのは、下弦の月夜の事だった。