「残念だが、お前くらいしかないんだよ。俺の無理の為所は」
厘が放った瞬間、生温かい風に水と草木の匂いが混じる。直後、何かに引き寄せられるように振り返り、岬は目を瞠った。
———この景色、この場所……お母さんと来たことがある。ずっと前にも。最近も。
「ここって……」
記憶に新しいのは、胡嘉子に触れられた時のこと。長い夢の中で見た、母が懸命に厘を救い出していた風景。足元に続く河川敷では現在も、自由に伸びた草が揺れていた。
大通りから少し外れた、通学路でも駅沿いでもない道。家から遠くはないはずなのに、どうして今まで気づかなかったのだろう。厘が往きにこの道を通らなかったのは、もしかして———
「どうした?」
「ここ……たぶん、厘の元の居場所なんだ」
首を傾げ、立ち止まる庵。傍ら、岬は河川敷に誘われ、足を向かわせながら背後に答える。体に電流のような刺激が走ったのは、その直後だった。
「い、た……っ」
ピリピリ、と、爪先から脳天までを貫くような細い痛み。青い草木に囲まれながら、岬は思わずしゃがみこんだ。
痛い。痛い。痛い。
「岬……?」
「あっ、おい!お前まだ……チッ、ったく、」
近くでゆっくりと草木を踏む、誰かの足音。見上げると、そこには庵の手を逃れた厘が覗いていた。