<お前の裏で、糸を引いているやつがいるな>
頭の奥底で、反響する穿った声。金縛りにあったかのような自分の意識。
岬は閉ざされた視界の中で、ある違和感を覚えた。誰かがこの身体を操っていることを、自ら理解できている。今までにはない感覚だった。
同時に蘇る、胡嘉子の言葉。
———『大切なものを守りたいのであれば、拒むことを覚えなさい』
拒むこと———意味しているのは、霊魂を尊重して身体を明け渡すのを“拒むこと”であると、岬は悟っていた。
……絶対、厘を死なせない。そう誓ったはずなのに、どうして。どうして私はまた、完全憑依を許しているの。
「致死量を知っているか」
「……はぁ?」
早く。早く目覚めて。でなければ厘は、また私を救うために無理をする。お願いだから……早く、目を覚ましてよ。
深海に沈んだような闇の中、岬はもがいた。まだ自分は迷っているのか、と嘆いた。———ずっと霊魂の居場所であってきた、この良心を捨てる。己を穢して選ばなければいけない。それが今だと、解っているのに。
視界を明らめると、音もなしに舞う花びらがハラハラと降り注いでいた。
「……」
視線を落とすと、胸元に沈んだ低い体温。薄紫に唇を染めた厘の姿が、そこにはあった。
「厘———!」
岬は血相を変えて起き上がり、その上半身を抱き上げる。彼は薄い瞼をゆっくり開くと、こちらを見上げて力なく微笑んだ。
「無事……だったようだな」