「……お前、何者(なにもん)だ」


酔いを覚ました様子で、庵は素早く立ち上がる。岬の額に自ら手を押し当てる。
至近距離で向かい合う二人。いつもなら庵に一発拳を入れているところだが、今はその必要もない。中にいるのは岬でない、と庵も察していたからだ。


今日は新月ではない———つまり、この完全憑依……また悪霊か?とりあえず、夢魔ではないようだが。


厘はクンッと空気を嗅ぎ、鈍色の瞳を光らせた。


「あぁ?何者でもいいだろう」


言いながら、岬の眉間は皺を刻む。そして、額のもとにある庵の手首を鷲掴み「とりあえず、酒を寄越せ」と唸る。喉が切れてしまいそうなほど、険しい声だった。


「いっ、つ……」


……なんだ?(こいつ)が呻くほどの腕力なのか?
厘はすぐに退いた庵に、目を見開いた。華奢で非力な岬の身体。それをいとも簡単に操り、本来の力(・・・・)でねじ伏せられるほど強いのか。


「酒はやる。だが、素性を明かせ」

「白髪の……へぇ、お前が厘か」


俺を、知っている———?
にやり、と持ち上がる口角に、悪寒が走った。同時に訪れる、焦燥感。


精気を底まで減らされる前に、岬から出さなければ———たとえ、この身が朽ち果てたとしても。


「上物だ。……飲みすぎるなよ」


(さかずき)に酒を注ぐ。岬の右手は上機嫌にそれを受け取る。その様を見届けながら覚悟を呑んだ直後、喉は想定以上に窮屈だった。