「でも、ただの風習じゃないと思うんだ。お花見って」


そのまま、岬の言葉に耳を傾ける。彼女は米麹の甘酒を含みながら、庵をまっすぐに見据えた。


「大切な人と、この瞬間にしかない景色を同じ角度で共有したい……とか、ね。私は、それが “意味” なんだと思うな」


気恥ずかしそうに放った直後、彼女は沸々と頬を染める。


「え、えっと……違うの。私がそう思うだけで、全然っ、自惚れてるわけじゃないよ……」


そして、顔を横に振りながら俯いた。こちらの様子をチラチラと窺う視線は、厘に意を汲ませた。肩を揺らしながら、懸命に笑みを堪えた。


───『桜が咲いたら、花見に行こうか』


そう誘ったのは誰か、辿るまでもない。
岬の自惚れではない。誘った動機も、想いを伝える場所として選んだのも、つまりは “意味” の通りだからだ。


「なあ、岬」


呼んでも未だ、俯く頬に手を伸ばす。瞬間、敷物を巻き上げるほどの風が、乾いた陽気を纏いながら訪れる。勢いよく桜を靡かせ、同時に視界を(かす)ませた。


しかし、横に舞っていた花びらは、すぐにハラハラと落ちていく。厘は伸ばした手をそのままに、瞬きをした。


———ほんの、一瞬だった。


「なんだこれ、酒じゃねぇなぁ」


次に瞼を開いたとき、岬は岬ではなくなっていた。